水球チームの誕生そして初の全国制覇

 濟々黌に水球が生まれたのは戦後間もない昭和二十一年の夏であった。水球部の部長は吉田長善、八重島香二、山田繁と引き継がれ二十六年から平田忠彦がめんどうを見た。そのいずれも“水球”についてはしろうとであった。技術的には県水協の古荘次平、飯田寿平らの熱心な手ほどきに始まり、その後は若い先輩たちが入れ替わり、立ち替わり母黌のプールにやってきて、その練習にハッパをかけたのである。そして末広杯水上競技大会で知られる西日本高校水上では十七連勝の快記録を残した。
 ところで、この濟々黌水球チームが、全国制覇の目標に一歩近づいたのは二十五年の全国高校水上大会だった。安浪渡、古賀伸一郎、田代二生、大坪大学といった名選手をそろえ、決勝戦で慶応高と対戦した。一進一退の互角に渡り合い、最後は反則負けで準優勝に終わった。しかしチーム力からすれば史上最強といわれ、その不運に選手たちは涙を流したものである。
 インターハイで勝つ だが、その宿願を果たす日は翌年に訪れた。
 二十六年の水球部は平田部長、安浪渡コーチで選手は次の十一人だった。
 主将の佐伯卓三、菅原平、竜川武弘、大島淳之助、川北文男、坂田定苗、田久保徹、水垣憲治、田代晃一、中村允、井上融。
 主将の佐伯は平泳ぎの選手としても県下で一、二位を争うスピードがあった。選手はみんな水球の虫だった。なかでも副主将格の菅原は研究熱心だった。授業中によくノートをとっていると思うと、それは水球のフォーメーションの研究に没頭しているのだった。この二人のほか三年生の竜川、大島、川北、坂田は旧制中学最後の濟濟黌入学。学制改革で併設中学となり、濟濟黌在学六年目だった。一年先輩に好選手がそろっていたため試合に出るチャンスがなく、長い下積みの苦労ばかり重ねていた。“いつかはきっと試合に出てやるぞ”と歯を食いしばって下積みに耐え、やっとそのチャンスがめぐってきたのだ。試合がやりたくてうずうずしていた連中ばかりである。新人とはいえ、高校水球選手としてはすでにベテランの域に達していた。
 当時の日本高校選手権水上競技大会は、東西対抗の形式で行われていた。濟濟黌はまず八月十八日から奈良県の天理プールで開かれた西部高校選手権水上大会に参加し、準決勝で天王寺高(大阪府)を15-1で一しゅう、決勝でも福岡高(福岡県)を9-3でくだして優勝。西部代表校として東京神宮プールで日本一を争うことになった。
 水球決勝戦は八月二十四日午後五時二十分から行なわれた。相手は前年の大会で反則負けした慶応高(東京都)だった。“相手にとって不足はない。昨年のかたきをとってくれ”と安浪コーチは選手を励ました。気温三一・五度、水温二八度とコンディションは上々。スタンドは超満員で、その中には在京の先輩たちが懸命に声援を送る姿が見られた。
 試合は開始後二分にLB水垣が先制シュートを決めた。CF竜川とRF菅原の攻撃コンビのシュートもあって前半5点をあげ、2点をリードした。だが後半に入ると慶応も前回の優勝チームらしいうま味を発揮し、またたく間に同点に追いついた。その後はファイトとファイトがぶつかり合って激しい攻防となったが、濟濟黌FW陣は必死のがんばりでついに2点をあげ、7-5で強豪慶応をくだした。
 初優勝。だがその栄冠に喜ぶより、選手たちは試合終了と同時に精根尽き果て、プールからはい上がるのがやっとという激しい決勝戦だった。日本水連会長田畑政治から金色の優勝杯が主将の佐伯に授与され、初めて喜びがわいた。選手たちは平田部長、安浪コーチを中心に抱き合って泣いた。戦後の濟濟黌運動部にとって、この優勝は最初の全国制覇であった。
 「万年優勝候補」の汚名をそそいだこの優勝が、濟濟黌水球部の伝統を築くのにどれほど力があったかしれない。「地方熊本でも練習いかんでは優勝できる」「技術的には中央チームにも劣らない」という自信と希望を与えた。それが現在の濟濟黌水球部のなかに生きて“水球の濟濟黌”か“濟濟黌の水球”かといわれる名門チームとなっているのである。

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※出典「郷土スポーツの歩み 熊本の体力」(昭和42年 熊本日日新聞社刊)より抜粋

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初の全国制覇メンバー
前列左から竜川、佐伯、菅原。後列は水垣、田代、大島、田久保。後は顧問の江口先生と部長の平田先生
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by swpc | 2011-08-15 03:33 | Trackback | Comments(0)
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濟々黌水球部の歴史は戦後復興の始まりとともにスタートしました。以来今日まで65年、苦難と栄光の歴史をあらためて振り返り、未来への道標とすべく、このブログを開設いたしました。必ずしも時系列ではありませんが、少しずつエピソードをご紹介していきたいと思っています。また、OBその他関係者の皆様から「想い出話」の投稿をお待ちしています。また、お手持ちの写真がありましたら、ぜひご貸与ください。
平成23年8月
    柴田範房(昭和39年卒)
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