国際選手群像

 濟々黌水球部はこれまで数多くの国際選手を輩出した。昭和42年(1967)に熊本日日新聞社から発行された「熊本の体力」には、これについて下記のように記述されている。
 なお、昭和42年以降の国際選手については、またいずれご紹介したい。

▼国際選手群像
 全国制覇五回のほか、インタハイ、国体の成績をみると済済黌水球部は、準優勝十二回、第三位四回とその実績は日本水球界のトップクラスであり、西日本高校水上大会(末弘杯)では十八連勝をなし遂げて無敗のレコードを伸ばし続けている。戦後の二十一年に誕生した済済黌水球部だが、名門としての伝統はすでにじゅうぶん。そして数々の名選手を生み出してきた。国際試合に出場したOB選手は、アマチュアスポーツマン最高の栄誉であるオリンピックも含めて十四人、延べ三十人の多きを数えている。
 年を追って国際選手群像を見てみると、まず二十九年の第二回アジア大会(マニラ)に田代二生と古賀伸一郎、三十年の香港遠征チームには水垣憲二、田久保徹、井上融、宮村元信、内田啓一が加わった。三十二年にパリで開かれた国際学生大会には田久保、宮村と飯田桂三。三十三年の第三回アジア大会(東京)に宮村、三十五年の第十七回オリンピック・ローマ大会には宮村と藤本重信、柴田徹の三人。三十六年のブルガリア国際学生大会にも藤本と柴田が出場、三十七年の第四回アジア大会(ジャカルタ)は田久保、藤本。この二人は三十八年のヨーロッパ遠征にも加わり、ブラジル国際学生大会に桑山博克と米原邦夫、三十九年には東京オリンピックに藤本が出場し、さらに田久保、藤本、村山憲三はヨーロッパに遠征した。四十年のブダペスト国際学生大会には田代が監督となり、村山、桑山、米原の三選手が参加した。また四十一年のアジア大会では菅原平が日本チームのコーチをつとめ桑山博克、坂本征也がその優勝メンバーに加わった。
 済済黌水球部のOBは、いまや日本水球界で大きな地位を占め、各大会で活躍を続けている。それらの功績に対して、三十八年には第十三回熊日社会賞が済済黌水球部に贈られている。


ローマ五輪(1960)に出場の藤本重信、宮村元信、柴田徹の3選手を激励する平田先生ご夫妻と矢賀さん


東京五輪(1964)に出場の藤本重信選手を激励する平田先生

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by swpc | 2011-10-28 19:48 | Trackback | Comments(0)
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ヘッダー写真:昭和36年、インターハイで二連覇し凱旋した熊本駅ホームで歓迎を受ける済々黌チーム


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濟々黌水球部の歴史は戦後復興の始まりとともにスタートしました。以来今日まで65年、苦難と栄光の歴史をあらためて振り返り、未来への道標とすべく、このブログを開設いたしました。必ずしも時系列ではありませんが、少しずつエピソードをご紹介していきたいと思っています。また、OBその他関係者の皆様から「想い出話」の投稿をお待ちしています。また、お手持ちの写真がありましたら、ぜひご貸与ください。
平成23年8月
    柴田範房(昭和39年卒)
連絡先:
ugg99537@nifty.com

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