済々黌プール物語

 数々の栄光の歴史を刻んだ先代の済々黌プールが竣工したのは昭和7年(1932年)9月のことである。学校創立50周年記念事業の一つとして建設されたもので、長さ25m、幅13m、深さ1.3~3m、6コースという規格、付帯設備として高さ3mの鉄骨造り飛込み台、木製のスプリングボード1個、木造の選手席および脱衣場、シャワー2個、水洗式小便所1か所などという当時としては県下随一の設備を誇るプールであった。済々黌に水球部が発足するのは戦後、昭和21年のことなので、昭和7年9月16日に行なわれた竣工式では小堀流踏水術の猿木師範を始めとする練達たちによる游ぎ初めが行われた記録が残っている。
 このプールができた時代背景を振り返ってみると、前年、昭和6年9月には満州事変が勃発。11月には熊本で陸軍大演習が行われ、その折、済々黌は昭和天皇の行幸を仰いでいる。またプールができる1ヶ月ほど前にはロサンゼルス・オリンピックが行われ、日本水球チームが初参加を果たしている。この大会の水球はアメリカ、ハンガリー、ドイツ、ブラジルそして日本の5ヶ国が参加し、アメリカ、ハンガリー、ドイツの三ヵ国と対戦した日本は1点も取れず大敗した。まだ日本水球の草創期であった。
 以来50年にわたり、数多くの名選手を輩出し、日本水球界の「人材の宝庫」ともよばれた済々黌プールは昭和57年(1982年)、50年にわたる歴史的役割を終えた。


昭和7年9月竣工当時の済々黌プール


昭和58年、輝かしい歴史を引き継いだ新プール

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by swpc | 2012-04-19 15:55 | Trackback | Comments(0)
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ヘッダー写真:昭和36年、インターハイで二連覇し凱旋した熊本駅ホームで歓迎を受ける済々黌チーム


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濟々黌水球部の歴史は戦後復興の始まりとともにスタートしました。以来今日まで65年、苦難と栄光の歴史をあらためて振り返り、未来への道標とすべく、このブログを開設いたしました。必ずしも時系列ではありませんが、少しずつエピソードをご紹介していきたいと思っています。また、OBその他関係者の皆様から「想い出話」の投稿をお待ちしています。また、お手持ちの写真がありましたら、ぜひご貸与ください。
平成23年8月
    柴田範房(昭和39年卒)
連絡先:
ugg99537@nifty.com

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