敬愛する先輩の訃報

 先週、桑山博克さんの訃報を平田君の知らせで知った。桑山さんは高校の2級上の先輩で、済々黌水球部の黄金時代を支えた名選手だった。日大に進学後もすぐに頭角を現した。高校時代は中盤の選手だったが、大学からはその闘志とスピードを活かして、攻撃的なディフェンダーとなった。メキシコ五輪とミュンヘン五輪の2回、水球日本代表にもなった。特にメキシコでは日本水球史上初の予選リーグで3勝をあげる立役者となった。
 練習ではとにかく厳しかった。僕ら下級生は皆ピリピリしていた。しかし、なぜか僕はこの人からやさしい言葉をかけてもらった記憶しかない。大学は違ったので試合の時などに会うといつも声をかけてくれた。この人が自陣から敵のゴールをめがけてドライブをかける時のスピードは天下一品で、僕はこのプレーを見るのがいつも楽しみだった。大学を卒業して航空会社に就職された後も、自分の出身大学でもないのに僕らのチームの練習を何度も見に来ていただいた。
 桑山さん、本当にお世話になりました。来世でまた酒でも酌み交わしましょう! 合掌
柴田範房
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メキシコ五輪に出場した熊本県出身の選手・監督・コーチたち
左から競泳の大沢君、水球の米原さん、坂本さん、桑山さん、競泳の合志さん、
藤井さん、カヌーの吉野さん、ボクシングの永松さん、カヌーの白取さん

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by swpc | 2017-10-23 22:05 | Trackback | Comments(0)
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ヘッダー写真:昭和36年、インターハイで二連覇し凱旋した熊本駅ホームで歓迎を受ける済々黌チーム


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濟々黌水球部の歴史は戦後復興の始まりとともにスタートしました。以来今日まで65年、苦難と栄光の歴史をあらためて振り返り、未来への道標とすべく、このブログを開設いたしました。必ずしも時系列ではありませんが、少しずつエピソードをご紹介していきたいと思っています。また、OBその他関係者の皆様から「想い出話」の投稿をお待ちしています。また、お手持ちの写真がありましたら、ぜひご貸与ください。
平成23年8月
    柴田範房(昭和39年卒)
連絡先:
ugg99537@nifty.com

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